あの映像がきっかけで心が洗われた。
心の浄化とシンクロニシティ
子供たちとリビングでテレビを見ていると、出雲大社の映像が流れた。10年前に旅行で出雲大社を訪れたことがあったので、子供たちに覚えているか聞いてみた。すると息子は全く覚えていなかったが、娘はスマホを触り出し私にある写真を見せた。それは出雲大社を訪れた時の家族写真だった。娘はしっかりと覚えていたようだ。それをきっかけに娘は昔の写真を見始めた。そして一枚の写真を私に見せてきた。
その写真をみた瞬間、言葉を失った。そして涙がどんどんあふれ出してきた。急に泣き出した私を見て、娘はびっくりしていたが、おかしくもあったようで笑いながら「何で?何で?」と尋ねてきた。私も涙が止まらない自分がおかしくなって、泣き笑いしながら「だってこの写真のママ見たら可哀想で涙が出る」と答えた。子供たちは不思議そうに、そうなのかといった表情をしていた。その写真の表情は、眉間を指で引っ張り上げたように眉と目が八の字になり、口元はへの字になっていた。そして肩にカイロを当て、座ったままやつれ顔で寝ていた。愛犬を膝の上に寝かせて一緒に寝ている私は、言葉では言い表せないくらい疲れ果てた表情だった。まだ退職していない会社員の頃の写真だった。
当時娘が何となく撮った写真だったが、今の私にはとても深く意味のある一枚だった。あの頃はどれだけ忙しくてもそれが当たり前と思っていた。家族のため、周りの人のため、自分を後回しにして生きてきた。もう限界を超えているにもかかわらず、自分自身をまだ頑張らせようとしていたのだ。
あの時代にこの写真を見ても涙は出なかっただろう。俯瞰して見られる今の私だからこそ、こういった感情になった気がする。
私はあの時の私に「ごめんね」と謝った。そして「よく頑張ったね」と感謝の気持ちを込めて労った。とめどなくあふれる涙を拭きながら自分と和解した。
そして再びテレビを見ると滝の映像が流れていた。たくさん涙を流して浄化された私と、滝の映像による心の浄化がまるでシンクロしているようだった。
